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SS
その一言を口にしたとき、後ろで気配を感じて、
しまった・とは、思った。

けど、既に何やら制作中であったわけだし、
大して隠しもせずに甘い匂いが漂っていたわけで。


まぁ大丈夫やろうと鷹をくくっていた…






聖ウァレンティヌスはかくかたりき



にこにこと満面の笑みで差し出されたチョコレートに、
勝呂はため息をつきたいのをせいいっぱい我慢した。

(昨日の俺を全力で殴りたい)


「坊!ハッピーバレンタイン!」
「…ぉん」
手渡された芸術的に美しいラッピングの箱を受け取る。
この中のチョコレートは間違いなく美味しい。
感動する味ですよ・と、

昨日テレビの女子アナも言っていた。

「ありがと、な」
貰えるんは、嬉しい。それはもう。
嘘では無いし、現にしっかり受け取っているし誰にも分けてやるつもりはない。

(…やけど、や)

「柔造」
「はい?」

「昨日1日台所を占領しとったもんは、どないした」

声が低くなったって、自分は悪くないと思う。

まして、

「え?あぁ、あないしょーもないもん、適当に配ろ思て、
 出張所持ってったら、なんやあっちゅー間に掃けましたわ」
義理でも欲しいってのはよぉ聞きますけど、野郎からでも欲しいんですねぇ。


切れても自分は悪くないはずだ。


「…んでやねん!!」
押さえきれず鋭い声を上げた勝呂に柔造は驚いていたが、そんなこと構ってられず全力で
出張所へ走ったが、案の定残っているはずもない。(今思えば、鍵を使えばよかった!)
突然滑り込んできた鬼の形相の時期座主血統に現場が動揺しただけであった。

あー美味かった、とタイミング悪く出張所に来た廉造が本気の八つ当たりをされたのは、言うまでもない。
(”まさか坊がもろてないやなんて思ってなかったんですぅ!”
”やかましわぁ!”)



そう、昨日、柔造はチョコレートを作っていたのだ。
冷やかしの廉造や心底珍しそうな顔をする八百造を「日ごろの感謝や感謝!」と苦しい言い訳をして、
台所を借りてチョコレートを湯銭していた。
買ってきていた量から見て、目くらましなのか確かに家族や門徒の分もあるような気もしていたが。
まぁ、とりあえず、自分のために作っていたのは、うぬぼれでは無かったと思う。
チョコ作りなど産まれて初めてだろうが、もともと器用な人間だ。
危なげなく仕上げたはず。


偶然を装って廉造の提出されていない報告書の作成の手助けに、と志摩家へやってきた自分を見て
柔造は驚いていたが、多少予想もしていたのだろう、何もとがめずに苦笑だけして寒いですから、と招き入れた。
「坊はいけずですわ」
と自分にしか聞こえない声量で囁いたのに気を良くして
「ホンマは後ろから眺めとりたいんやけどな」
我慢するわ。
とすれ違い様、耳元に吹き込めば一瞬で沸騰する表情が可愛くて。
固まった柔造を尻目に「茶は廉造に頼むわ」と勝手しったる他人の家で居間(ちなみに台所にも近い)に入った。
既に遅れている任務の報告書を書かせ、ダブルチェックを入れていく作業の合間に漂ってくる甘い匂いに
締まり無い顔をしていたのだろう。
「坊やらしーわー」
と数回からかわれた。チャカすなと怒っても良かったが、廉造は
誰にも言えぬこの関係を見守ってくれている数少ない人間で。
「羨ましいやろ?」
お前も神木から貰えるとえぇの。


つまりは惚気られる相手というわけで。
「坊…!そうなんですよ聞いてくれます出雲ちゃんがね…!」
と、自分の言葉にガァン!とバリヨンでも当たったかのような反応をした後、
噛み付くように想い人の話を始めていた。
ハタから見れば、学生時代からこの調子、お互いに本気の恋人も作らずに成人までしてしまった辺り、
オチは見えている気がしてならないのだが、当人達には分からないのだろう。
(俺も結局、かれこれ5年以上待ってもーたしな)
聖十字に入って仕事(任務)をしている柔造という今まで見たことが無かった側面を見ることになって、昔からしたためていた想いが自分でも驚くほど膨れ上がった。
卒業して一人前になるまでは、と自分に目標を課せ、ひたすら努力して
卒業して想いを告げるやいなや、全力で避けられた。
嫌われている事は無いと思っていた手前ショックではあったが、あまりにも動揺するものだから、
ある日とっつかまえて問い詰めたら、
『まさか坊も同じやと思わなくて』
と言うてはないか。失恋フラグを力いっぱい押しやって幸せな気分になったものだが。

そこからが大変だった。

何せ相手は十年上で僧正血統の跡取りな上、丈造という理想の塊を一族世間から
求められ、しかもそれに答えて生きてきている人間だ。

完璧で在れ。
理想で在れ。
目標で在れ。

父である達磨が放蕩(影でしっかり勤めは果たしていたのだが。)している明陀を、現実的に支えてきたのは志摩だと言っても過言ではない。
世間から後ろ指を刺される中、八百造と共に実直で真面目に、自分に厳しく生きてきている人間だ。
煩悩が無い聖人君子であるわけは無いであろうが、
理性もモラルも矜持も、人一倍強く在れと育ってきているはず。
護るべき座主と通じて想いあっているなど、彼にとってはとてもじゃないが受け入れられる現実では無かったようで。

それはもう、こちらが呆れる程、
かたくなに拒まれた。


結局まるまる2年かけて説得という名目で陥落させたのだ。
愛情を持って手が触れる事にすら胸が熱くなるほど嬉しい時もあるほどなのに、
たかだか手作りのチョコ1つなんて、

(欲しいわ!!)

自室のこたつにこっぽりと入って背中を丸め、
顎を机に置いてさっき貰ったばかりのチョコレートを睨み付ける。
いくら見つめても、目の前のチョコは相変わらず非の打ち所が無い包装のまま、
すまし顔で勝呂の前に鎮座している。
(こいつさえ無ければ…)
確かにだいぶ日も傾いた時分、休憩にと付けた志摩家の居間のテレビで、時期も時期だしどこを回しても
バレンタイン特集だった。
やれウケがいいだの、友チョコだの義理チョコだの自分チョコだのと騒がれる中、
『ちまたで1番人気です』と紹介されたチョコレート。
フランスだかどこかで賞を取ったパティシエが作ったという、それ。
廉造が美人やわぁとデレデレする女子アナが告げる説明に、少しだけ気を引かれるものがあって。
えぇなぁえぇなぁと、チョコに対してなのか、女子アナに対してなのか分からない廉造のコメントに、

”せやな、こういうの、欲しいな”

と口にしてしまったのだ。

「…どう考えても自業自得や」
ごろん、と手足を投げ出して仰向けになる。
自分のあの言葉を聞けば、あの従者はきっと無理してでも自分が1番欲しいと思っている(だろう)モノを選ぶだろう。文字通り手作りなんぞ、放り出して。
1人部屋に入れるからと選んだ単身用のこたつは二十歳の男には小さくて、大の字になった拍子に揺れた振動でチョコレートが勝呂の腹の上に落ちてきた。
「あいつ意味分かっとるんか」
わかってないやろうなと思いながら、
テレビでやっていたのと同じチョコレートを見つめ、一人ごちる。
女子アナの言葉がリフレインした。

『テーマは、”来年も再来年もずっと愛してる”
永遠や悠久といった途方も無いものじゃなく、身近なところから愛を誓うのが素敵ですね。』

永遠だの連綿だのは、血族の縛りで十分過ぎる程持っている。

「俺がほんまに欲しいんは、チョコレートなんて可愛いもんやないぞ柔造」


ごろんと寝返りを1つ。
ふ、と先ほどの出張所の様子が思い出された。
(…けどやっぱ、手作りのチョコは欲しかったなぁ)
大皿とその上に敷かれたのだろうペーパーナプキンだけが残る休憩室の机。
そこはかとなくただようチョコレートの残り香。
きっと市販のお菓子のように雑多に盛られたに違いない。
そこに群がる一番隊と警邏隊筆頭に事務方やら古株やら含め柔造を慕う連中の姿が目に浮かぶ。
美味しいと伝えれば、柔造は喜んだだろうか。
凛とした表情が多い笑顔を照れくさそうに緩めたのだろうか。

(なんか悲しなってきた)
ツンと鼻の奥がしみる。
これだって、想いはこもっているのだと思う。
梅田の阪急7階だか10階だかでやっているバレンタインフェアは戦う女子の巣窟で。
これは関西ではそこにしか店舗を出していない店のものだ。
そんな戦場に柔造のような目立つ男がいるなど、それだけで相当な羞恥だったはず。
夕刻近く寒い時間にわざわざ梅田まで出て買ってきてくれたのだ。
お金だって労力だって、きっとこっちがかかっている。
(けど嫌や)
あれが欲しかったのだ。

時間が経つにつれ、強くなる甘い匂い。
廉造が席を外したときを見計らって、ちょいちょい覗いた台所に立つ後姿。
少しだけ襟ぐりの広いロンティーから覗くうなじに噛り付きたい欲望もそれはそれは大いにあったが、
せっかくの貴重な休みを自分の為に使ってくれているという満たされた優越感が
なんとか押し留めていてくれていたのに。
(俺の為やないんなら、さっさとかっさらってるわ。)
他人のために手作りでチョコを渡すのを許すほど寛容な人間じゃないことを実地で教え込んでいるところだ。
自分のあの一言が無ければ、間違いなく自分の手元にあっただろうチョコレートと、
それに付随(まぁメインでもある)する恋人らしく過ごせる数少ない時間だったろうに。
はぁ、とため息をつく。

結局出張所へ走った後、意気消沈してそのまま実家へ帰って来てしまい、
柔造とは顔を合わせず仕舞いになったまま、夜になってしまっていた。
声を張ってしまったことはメールで謝罪をし、改めてチョコのお礼を伝えれば、気にするなと言ったまぁ特に可も無く不可もない無難なメールの返事が来た。
会いに行けば、時期も時期だし時間を作ってくれるだろうが、
ちょっとしたことで手作りチョコの件でいろいろ言ってしまいそうな自分が小さくて嫌だ。

かといってこのまま会えないのもわだかまりが残るのも嫌だ。
どうしようかと考えていると、


「坊」

ふすまの向こうから柔造の声がして音もなく驚愕する。
どうやら考えにふけりすぎて気配も察せなかったようだ。

慌てて起き上がってふすまを開けると、今朝は団服だったが着替えて私服として着ている
濃いグレーの着物になっている。
「お、おん、仕事終わったんやな。お疲れさん、えと…」
入室を促すべきか迷った刹那を悟ったか、
柔造は勝呂の顔を見るや少しだけ俯くと口を開いた。



「入っても、ええですか」

部屋に入り、緊張気味な正座のままこたつに入る柔造に
嫌な予感しかしないと頭を痛めつつも、昨日得損ねたうなじが見え隠れして、
勝呂がいつも以上にきっちりと、ふすまを閉めた。



(何を言われようが絶対離さん)

Secret

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