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なぎちゃんの日記読んで、いろいろコメント書いてたらやったら長くなってしまってので、こりゃー自分の日記で書いたほうがええわ。
と思ってこっちに。笑

中学時代、あたしの後輩に弁護士になりたいって子がいて、何せ日本人学校暇だからさ、勉強もすごい順調に進んじゃうし(だって生徒が2人とか)、じゃぁ勉強しちゃおうZE☆みたいなノリになってて、何故かそれに2つ学年上だったあたしも巻き込まれて、(まぁ受験も12月で終わって暇だったけど)法律の勉強もしていたんだけどさ。
法律っていうか弁護士って何ぞや・法律って何で守らなアカンと思う?・っていうかいつから出来てん・みたいな主に法律を題材にしたフリートークみたいな内容だったけど楽しかったけどね。真面目な内容を考えながら話すって大好きだ。

ほいで、新聞のコラム何かで、絶対に死刑制度反対の弁護士の人のコラムかエッセイかを読んだよ。
「死刑とは、最悪の社会悪である。」っていう持論の人で、法律っていうのは”社会的に許された暴力だ”って考えでさ。
中学くらいの時に読んだから内容は覚えないんだけど、【法律は社会的に許された暴力】っていうフレーズだけ覚えてます。
弁護士っていうのは被害者だけじゃなくて加害者も弁護することだってもちろんあるけど、たとえば【悪】=【暴力】だと仮定して、【暴力】=【生物学的に肉体的な苦痛】とすると、たとえ最高裁での判決でも死刑は悪ってことになる。
加害者から見ると、世間や社会、第三者から何も疑問に思われず、その本人に肉体的精神的な苦痛を与えることが出来る権利、が法律だから、しっかり見極めていかないといけないのだと思います。
まぁでもあたしは所詮犯罪は犯したもんが割と問答無用で悪いと思うので、(高瀬舟とかじゃないかぎり)がっつりおしおきされたら良いと思うけどね。w
どっちかに寄り過ぎないように判断する場が法廷だから、割と検察側はすごい悪いとこばっかり言って刑を重くしようとするし、弁護側はすっごい人情的なこと言って刑を軽くしようとする。それをちゃんと判断するのが裁判官なので、今の日本だと裁判官に負担が大きいみたいだね。
あ、獄窓記っていう本はおススメです。何かで捕まった議員先生が服役してから出所するまでのことが書いてある。
どう面白いっていうのは説明しにくいんだけど、服役してる人がどんな生活してるのか・とかが書いてある。良かったら、読んでみたらいいよ。

以下なんかよく分かんないだらだら語り。
なげーので注意。
なぎちゃんが日記で感情が入っちゃうと思うし今の自分には犯人を許せないと思うって書いてあったけど、うちはひでー事件だなーとか割と淡白に見てたのでそこまで感情移入はしなかったな。ごめんよ。
むしろその人の家に同/人/誌が数冊あったとかで同/人/誌の説明してるコメンテーターを殴りたくなった。
っていうか今現在、オ/タ/クの意味が広すぎてまたこれでオ/タ/クが貶められるなーと思っちゃった自己中な人間です。orz
しばらくはOTKでも検索に引っかかりそうで怖いぜ。orz
あと世界に対して、今日本では猟奇的な無差別殺人が増えてるとか、ア/キ/バがちょっと違う解釈で紹介されてたりして、おいおい、増えちゃーいるのは確かかもしれないがお宅のとこよりマシだろーと思ったりします。元々銃社会のメリカとかに最近の日本は危険とか言われたら終わりだと思う。

話が逸れた…。えと、感情が入るのも分かる。弁護士だって検察だって人間だからね。
ただその犯人に対して、たとえば死刑になったとして、笑顔で絞首の台を蹴らせて良いものか。その場に居合わせてたとしたら果たして自分はすがすがしい気持ちになれるのかって、あたしは思ってしまう人だな。
今は電気だったか。毒だったかな。忘れたわ。日本の死刑制度は。とりあえず絞首ではないと思います。(え)
弁護士も検察も正義のヒーローじゃない。まして神様じゃない。人間だよ、犯人と同じね。
弁護士も検察も、一人の罪人を裁くたびに、その罪を一緒に被ってしまう感じがするんだよな。あたしのイメージだけど。被るっていうか感じるというか。法治国家の日本において、その人の人生を左右する判断をしてるわけだから。その人が不幸になった分を一緒に引きずってしまいそうで、あたしにはなれないと思った。かといってハイハイ知りません次々ー!って人間にも、なりたくなかったんだ。
弁護士さんは頭が良いから偉いんじゃないよ。
自分だけじゃない人生をたくさん背負う覚悟があるから偉いのです。

日本の死刑制度については、遺族に対しても死刑囚の家族とかに対しても完全に非公開で執行されるのはどうかなと思いますね。さらにその死刑囚にもいつ死刑が執行されるか言わないらしいよ。
宣告しとくと怖くなって自殺しちゃう人がでるんだって。
だから死刑囚はいつ執行されるか分からない死刑を延々と毎日待ち続け、ある日突然袋頭に被せられて足場台蹴られちゃうわけだよ。(だから絞首じゃないって)
あたしはそれは問題だと思います。
ドッカ忘れたけど外国は死刑囚に対しても家族と最後を惜しむ時間とか、お祈りの時間だとかあるんだって。すごく良いことだと思います。
死刑囚であっても人間。人間らしく生きることは日本の憲法で保障されているだろう。
うちは死ぬことも権利だと思うのです。
人間が生まれた瞬間から最期まで持てる絶対的な権利、死ぬ権利。
死にたくないっつったっていづれ人間は死ぬけどさ、いつどこでどうやって。その判断は自分で出来るんだよ。今これ読んでくれてる、貴方にも。いつだって死ねる。この瞬間にも。
けど死なない。普通だと思うんだよね。あたしがこの事件の犯人に対して許せないのは、間/接/自/殺だと思われる願望を持っていることでしょうか。
家族がいて、友達がいて、死のうなんてしたら止めてくれて説得してくれて。けどさ、それでも、今その刃で喉を突くか突かないかっていうのは最終的には自分が決めることなんだよ。
うちのこういう持論を何度か読んでる人は分かると思うけど、全ての判断はその人がしてるんですよ。
全て、自己責任なの。
どんだけ長々とぐるぐると過程を経ても、最終的な判断は自分がするんだ。
けど、死刑ってのはそうじゃないだろう。死刑の1番恐ろしいところは、その生まれた瞬間に絶対的に持っている死ぬ権利を剥奪するところなんだよ。
それが1番の罰だろうに、間/接/自/殺の手段に死刑を組み込む辺りがすっげぇ気に食いません。
そのために殺された人ももちろんだけど、その根性無しなとこがむかつく。
自分で死ねないから、他人の手を汚させるなんて最低だ。一番迷惑。
しかも一生に一度、社会的に最高に目立った舞台で。とか思ってんだろうけど、そんな根性無しにいつ執行されるか分からない死刑を待つ地獄の日々なんか耐えられないと思うんだ。
あー、むかつくわ---。
自殺を肯定するわけじゃない。基本的にこの日本では意思さえあれば生かしてくれるようなシステムになってると思う。どこに泣きついたらいいかわからない人が多いだけで。死んじゃ、駄目だぜ?
けど、間/接/自/殺は最低です。
自分の弱さを棚にあげて他人を傷つけてさらに人に自分の最期を委ねるなんて。
至上最低の無責任野郎だ。

なんか柱とか何も考えず思うまま書いたら全然違う内容になってしまった…。
まぁいいや、すっきりした。
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